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 ■ 大山<弥山>(だいせん<みせん>)          標高 1710.6m 2003年9月14日 曇り
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今回は鳥取県の大山を目指して、土曜日深夜から出かけた。車のナビを設定し終わると到着は夜中の3時ごろと予想された。

一気に突き進んでもよかったのだが、睡魔も襲ってきそうなので途中のドライブインで仮眠をとることにした。

ここは、中国縦貫道と米子道分岐点の西側にある「大佐」パーキングエリアだ。思ったより早く日の出を迎えた。朝5時すぎに目覚め、ふたたび大山の麓を目指してアクセルを踏んだ。
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登山口の近くに丁度良い駐車場があった。すでに多勢の人たちが出発しているようだ。幸運にも僅かばかりの空きがあったので、そこに留めることにした。

左下のある登山届けポストに、名前、住所、連絡先、装備品のチェック、出発時間、下山予定時間などを記した用紙を投函し、いざ出発だ。

途中休み休み、写真を撮りながら登りたいと思ったので7時出発、13時下山とした。
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夏山道八合目に立てられた標識より
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今日は、いつもの静かな登山と違い、かなり賑わいそうだ。

幼児をおんぶして登る家族連れ、若い男女のパーティー、またご年配の方々も多勢見かけられた。実に年齢層が幅広い。


駐車場を出て左に曲がり暫く歩いていると、「大山夏山登山口」が見つかった。この辺りの標高が約800mなので、頂上までの標高差は約900mあることになる。最近の自分の中では結構きついかも知れない(ーー;)


10代の頃に一度登ったことがある。その時は、今回と同じく夏山道を登り弥山に辿り着いた後、その両脇が北壁、南壁になっている幅が1m?(記憶が定かでない)位しかない鋭くとがった縦走路を走り渡り、剣ヶ峯に行った記憶がある。 いまではその縦走路は危険なため通行禁止になっている。


一合目から頂上まで各合ごとに案内標識があったが、それと並行して100m毎に標高案内もあった。登って行くとき、これらの標識にどれだけ勇気付けられることか、

・・・『今日もお世話になりますよ』^^;
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登山道の横に登山届けいれポストがあった。下山後に大山町の商店街にある交番の前を通ったらそこにも同じようなポストが用意されていた。

油断は禁物だが、正直なところ夏は恐くない。しかし、冬には、遭難も何件かあったように聞いている。

もしもの時の大切な情報源になるのだろうかと思うと、やや緊張する思いであった。
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やがて道はそれまでの石段から周囲を丸太で保護し大変よく整備された木の道へと変わっていった。
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▲ オオカニコウモリ ▲ アキノキリンソウ
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さらに高度を上げていくに従い、岩ばかりの道になってきた。昔と大きく違っていたのは、山の崩壊を防ぐため至るところにその対策が施されているところだ。

要所要所で岩が金網で保護されており、落石や崩壊が防がれていた。
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標高1,300mを過ぎた辺り、空はまだ曇っていた。

登山口からずっと長い階段を登っているような感じだ。登山者の多くがそれぞれに道脇に腰を下ろし、持参した飲料水で喉を潤していた。

抜いたり、抜かれたり、・・・最初は気にもなっていたが、そのうちどうでもよくなってきた。

兎に角、頂上まで行って山頂からの景色を眺めてみたい。(でも、今日の天気では、それも望み薄であるような気がしていた(T_T))
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やっと五合目に着いた。かなり、しんどかった。それまで着ていたシャツを脱ぎ、それを腰に巻きつけTシャツ一枚になった。体から湯気が出ているのがよく分かった。

『山の神さん』と呼ばれているこの祠は、平成3年に大山ガイドクラブにより再建されたものだそうだ。ここには、以前遥拝所があり、登山者が東尾根から昇る日の出を拝んで登山の安全を祈願した場所だそうだ。
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六合目避難小屋に着いた。ここからは、山頂につながる北壁をはじめ周辺の山々や遠く日本海、そして水平線の彼方には隠岐島まで見渡せるそうだ。

しかしながら、今日はご覧のような天候のため近場しか見渡せなかった(>_<)
 
■ 六合目からの展望

眼下に広がる桝水高原
 
■ 六合目からの展望

左に見えるのが、三鈷峰(さんこほう)1516m、右側が、雲に隠れてその全貌を見せてくれなかった北壁。
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■ 六合目からの展望

雲の切れ目から僅かにその荒々しい地肌を覗かせている北壁の裾野
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