■ 火野山(ひのやま)          標高 705.4m 2004年5月17日 曇り
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■ 火野山頂上『日山城本丸跡』 


地元では慣れ親しんで『日野山』と呼ぶが、火野山、日山、火山、樋山など様々な呼び名がある。山陰の戦国武将尼子氏の居城『月山』冨田城を意識して付けられたとも伝わる『日山城』は毛利元就の次男吉川元春の居城でもあった。

・・・兵どもの夢のあと・・・まさにこの言葉を連想させてくれる光景だ。

今となっては草木が生い茂り、笹原を掻き分けて進まなければいけないほど自然に帰しているが、山城としては珍しく大規模で、登って行くに従い『中城跡』、『中の丸』、『二の丸』、『本丸跡』の標識が、戦国末期に栄えた日山城の繁栄振りを彷彿とさせていた。

近くには山陰浜田に通じる「浜田自動車道」が走っていている。

その手前には中山地区がある。当時の『中山』は日山城下にあって交通、流通の要として栄えていたそうだ。

登山客用なのだろうか。数台の車が止められるように駐車場とトイレが確保されていた。そうとは知らない私は少し手前の脇道に邪魔にならないよう止めさせて頂いた(^^ゞ

城への登城路は幾つかあったようだが、今日登る道は『大手道』と考えられているようだ。田植えの終わった田んぼを見ながら一路『本丸』を目指して歩き始めた。

舗装道路もじき終わり、土の登山道が始まった。昨日まで断続的に降り続いた雨の影響か、空気も道も妙に湿っぽかった。

山頂から流れる沢のそばを通る登山道のため、沢を何度も行ったり来たりしながら進んだ。


昨日まで断続的に降った雨のせいだろうか、水量が多いと感じた。

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