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 ■ 恐羅漢山(おそらかんざん)          標高 1,346.4m 2003年5月17日 晴
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恐羅漢山頂上より東方面を展望する
その名の由来を掘り下げていくと、不思議な所に辿り着いた。 なんと、縄文人(アイヌ語)が神を信仰して付けたと解釈できる証拠があるようだ。

この山の地形図を見ると尻餅状に 2つの窪地が崩落状に流れ下っている。アイヌ語で (osor-rakan:尻餅の窪み)と言い、巨人の神がいる所と 意味し、むやみに近づけない所と警告していたのであろう。
由来についてはハナ♪〜さんのご好意により紹介いただきました(ありがとうございました。)
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2003年2月に雪の臥竜山を訪れて以来久しぶりの芸北であった。あれから、3ヶ月あの深い雪もすっかり溶けて目に眩しいくらいの新緑が山々を覆っている。

今日の目的地は、広島県下はもとより、西中国地方でも最高峰とされスキー場としても歴史のある、恐羅漢山だ。実は、こちらは初めて足を踏み入れる方面である。中国自動車道を戸河内(とごうち)インターで下り、国道191号を三段峡方面に向けて進んだ。

やがて、小さな川を左折して恐羅漢山の入り口に差し掛かった。ここから暫くかなり細い道が続いた。蛇行を繰り返しながらやっと牛小屋高原に着いた。市内を8時半に出たのでここまで約1時間半かかった。

軽い準備運動を済ませ、コースを確認して、さあ、出発だ。暫くは、ゲレンデ沿いに登り進んだが、やがて登山口が現れ変化の少ない草原ともお別れである。
  緩やかな階段と共に一歩ずつ頂上を目指して歩き始めた。途中、登山の安全を見守って下さるかのようなお地蔵様を通り過ぎ、きれいな水の流れる小川を横切り、約40分で鞍部に出た。

左が頂上、右は、下山を予定している夏焼峠(なつやけのきびれ)方面だ。 ここから頂上までは、あと僅かの距離であった。

今日も、多くの登山客とであった。頂上には既に何組かが美味しそうな昼食をほお張っておられた。

あるご夫婦と芸北のクマについて話題となった。私はいつも一人で行くことが多いのでどうしても気になる^^;。この方たちも何度か目撃をしたそうだ。大抵の場合は向うから逃げていくそうである。(ちょっと安心)

興味深かったのは、クマの通り道は牛以上のかなり独特の匂いが漂っているそうである。でも、その様な場面に遭遇しないように常に鈴などの音を立て危険から回避するよう心掛けることが大切であるとも教わった。
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恐羅漢で出合った、草花たち。
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頂上での昼食風景。 このご夫婦から頂いた大根の漬物の味は格別美味しかった。(ご馳走様でした^^)

結局、このご夫婦とはこの先にある旧羅漢山(標高1,334.2m)までの往路、約1時間をご一緒させて頂くことになった。
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恐羅漢頂上から緩やかな勾配を下りながら旧羅漢山に向った。途中、湧き水でもあるのだろうか、山路が泥濘のようになった箇所もあったが倒木が上手に置かれており、その上を踏み外さないようにして進んだ。



一番困ったのは、虫がかなり多かったことだ。蜂ではなくハエだったので気にはしなかったが、やはりうるさかった。この群れは再び恐羅漢頂上を通り過ぎ鞍部分岐点に行くまで追っかけてきたようだ。



旧羅漢山頂上に辿り着いた。ここに一本の石碑が立っていた。スポーツにたいへん造詣の深い三笠宮寛仁親王殿下もこの地を訪れられたことがあったようだ。



うるさいハエたちを振り切って、夏焼峠に向う途中の山路。太陽の光が新緑のカーテンを通して、辺りの空間も何となくグリーン色をしているかのように、たいへん清々しい山路であった。



周りの植物にも目を向けながら歩いたのでちょっと時間もかかったが、約1時間程で砥石郷山方面と下山路である牛小屋高原方面との分岐店に辿り着いた。砥石郷山方面は往路で約1時間かかるようだったので今回は、残念ながらパスすることにした。



このポイントから約30分で出発地点の駐車場に着いた。時計を見るともう4時を回っていた。



今日も道中多勢の方々と言葉を交わし、無事楽しく下山することができた。(感謝感謝)
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