ヒロシマの夏

ちょっと前の文芸春秋に旧日本陸軍軍人たちを興味深く分析した記事が載っていた。
その中で、参謀と呼ばれていた一団が軍組織図の中でかなりの実権を握っていたことを知った。彼らは単なる幕僚であり司令官の支配下に置かれていたはずなので、権限ある司令官が無謀な作戦計画にも待ったをかけることができたはずなのだ。しかし、実際には多くの局面で参謀たちの意図するような行動を取っていたと解説されていた。
あれから60余年たった現在、今の永田町と霞ヶ関の関係はどうだろう。
単なる事務集団であるはずの官僚たちが政治家と呼ばれている司令官たちを意のままに操っているようにも見ないだろうか。
結果として正しい方向にこの国を導いているのであれば、それはそれで良しとするが、最近は目に余る不祥事・不明確な税金の使い道、思慮を欠くような政策など、多くの報道を耳にするようになった。
そのような構図に、戦前から何ら変わらない日本型組織を見せつけられているような気がしてしかたがない。
選挙戦真っ只中の今、あらためてこの国の行く末を思うわけだが、しっかりと舵取りができる人に日本の将来を委ねたいものだ。



